
将来の夢として「看護師になりたい」と話した時、父は開口一番こう言った。
「そんな汚い仕事やめろ」
幼い頃から私は喘息で入退院を繰り返し、病院は“日常の一部”でした。だから、ごく自然に「医者か看護師になりたい」と思っていた。
そんな時に突きつけられた“汚い”という言葉にとても驚いたのをよく覚えています。
「え?汚いって…何?」
父の中では、看護師は
“下の世話をする仕事”であり、いわゆる3Kの象徴のように映っていたようです。
反対されながらも紆余曲折を経て、
私は看護師になることを決めました。
反対されていたため支援も期待できず、
高校卒業後に自分でお金を貯めて黙って受験。
合格し、一人暮らしのアパートを決めてから
父にこう告げました。
「受かった。来春から家を出るよ」
父の返事は
「そうか」
そのひと言だけ。
でも後から母に聞いた話では、父は他の人にも本人にも何も言わないくせに、母にだけ何度もこう話していたらしいのです。
「あいつはしっかりしてる。
自分で自分の道を決められる」
そんな父が、亡くなる2週間前。
訪問看護師さんのケアを受けながら、
こんなことを言っていました。
「娘、看護師なんですよ。
娘が看護師になって、いま俺が一番恩恵を受けている」
——恩恵。
その言葉を聞いた瞬間、胸が熱くなりました。
2日に1度のペースで帰省していた娘の存在が、
父にとってどれほど心強かったのか。
人を褒めたり感謝したりをまずしない父が言った「恩恵を受けている」の言葉。
いまでも思い出すと胸が熱くなります。
あれから少しの月日が流れ、
私は終末期ケア専門士を取得しました。
「なんやかんやあったけど、あなたを看取った娘が、今年この資格を取ったよ」
そう父に伝えたら、どんな顔をするだろう。
きっと素直に褒めはしないけど、どこかで得意そうに鼻を鳴らすんじゃないかな。
「父に捧げる」なんて大げさなことは言うつもりはありません。でも——
父を自宅で看取った経験と、
終末期ケア専門士としての学びは、
切っても切れないものです。
そして“だからこそ”できる支援があると、
確信しています。
辛かった経験が、辛さだけで終わらず、
いつか誰かの役に立ちますように。
亡き父との出来事や、月命日まわりのことは、少しずつこちらに書き留めています。
よかったらあわせて読んでみてください。