このたび、「終末期ケア専門士」試験に合格しました。
父の在宅介護と看取りを経て、この資格に挑戦した理由や、
これからどんな支援を届けたいのかを書いてみようと思います。
■ なぜ終末期ケア専門士を受験したのか
私にとって“看取り”は、突然ふりかかってきた出来事ではありません。
父が弱っていく姿、感情が追いつかない毎日、医療者としての冷静さと、
家族としての揺れ。
どちらの気持ちも知っているからこそ、
「この経験を無駄にしたくない」と感じました。
父と向き合いながら、「今、私に何ができるのか」を考えていた毎日でした。
人が終末期に向き合うとき、
家族もまた“ひとつの旅”に向き合います。
この過程で
「何をしたらよかったのか?」
「どう関わればよかったのか?」
「医療者にどう伝えればよかったのか?」
分からないまま時間が過ぎてしまう家族は多いと思います。
だからこそ、経験や感覚だけでなく、しっかり体系的に学びたいと考えたのでした。
■ 勉強は想像以上に“心と向き合う時間”
教科書を読みながら、
父の姿を何度も思い出しました。
途中で涙が出たり、
ふと線香のような香りを感じたり、胸の奥が温かくなる瞬間もあって
「見守ってくれているのかな」と思ったことも。
勉強というより、
父との記憶をやさしく辿る旅のようでした。
それでも。
父を看取ってから1年未満での受験。
勉強中につらい項目もありました。
それは「臨死期のケア」「看取り期のケア」。
死斑や死後における身体の変化、死体現象は・・・
胸が詰まりそうな思いでした。
亡くなるまでの経過は、看護師としての臨床経験もあり特に辛さは感じなかったのですが・・・「遺体」と化した後の父と接した記憶を鮮明に思い出すには、まだつらい気持ちの方が大きいようです。
■ 合格して思ったこと:経験は武器になる
終末期ケアは、知識だけではできません。
家族の揺れや痛みを“分かる”人間である必要があります。
私の経験は、あの時はただ苦しかったけれど、
いまはひとつの“力”になったと感じています。
自宅で祖父と父を看取った経験のある終末期ケア専門士をもつ看護師。
まだ世の中にそう多くはいらっしゃらないのではないでしょうか。
医療者としての目線と家族としての目線と。
同じ物事をみていても、目線の高さや広さや深さは異なっています。
そんな違いを経験したからこそ、お役にたてることもあるのではないかと思っています。
■ これからやりたい支援(縁灯のサービス)
終末期は、家族も医療者も“言葉”に困る時があります。
そこで私は、今後こんなサポートを予定しています。
① 終末期の相談(家族の不安・心のケア)
・家族としてどう関わればいい?
・何を準備すればいい?
・後悔しないためには?
など、実体験と専門的な視点からアドバイスします。
② 医療者宛の「気持ちの代筆」
主治医・訪問看護・ケアマネなど
“直接言いづらい本音”を丁寧に言語化。
感謝・質問・不安…何でも。
③ 看取り後のケア(グリーフサポート)
・罪悪感
・虚しさ
・後悔
・思い出の整理
これらに寄り添う“心の言葉”のサポート。
④ 占星術×終末期ケア(希望を持つための視点)
人生の終わりを知ることは、
「これからどう生きるか」につながります。
占星術は、希望の入口にもなり得ると思っています。
■ 最後に
父との別れが
こんな形で誰かの力になれるなんて
あの日は思いませんでした。
でもいま、
あの時間が私の人生の軸になっている。
必要な誰かに、届きますように。
#終末期ケア専門士 #看取り #看護師
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*このブログは「縁灯 -ゆかりび-」の活動の一部として綴っています。
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